REVIEW

“地球遺産”の映像世界

新宅広二(動物行動学者)

英国BBCが制作するネイチャー・ドキュメンタリーは世界最高峰と呼ばれているが、その実力は疑いの余地が無い。60年以上前、世界初のテレビ放送が始まる白黒のテレビ黎明期から、「ネイチャー・ドキュメンタリー」という独立したコンテンツを設け、テレビ・映画界に一つのジャンルを確立したのがBBCだ。

猛獣たちが潜む危険なサバンナやジャングルの秘境、撮影機材をも吹き飛ばす強風の断崖絶壁、機械が正常に作動しない氷点下の極寒の地、天候の予測が難しい空中撮影、光の届かない深海と、人間が近づくことを許さない環境の生き物の生態を追い求め、美しくも迫力のある映像を人類の財産として記録してきたのである。研究者でも撮影不可能とあきらめる所を、BBCの撮影チームは、専用に開発された最新ハイテク機材とアイデアを武器に、謎多き動物たちの姿を解き明かしてきた。もちろん高額で高性能なカメラがあれば、良い作品ができるわけではない。異業種のアイデアとして、地中の巣には医療用の内視鏡を使ったり、ジャングルに専用の巨大クレーンや空中はしごを設置したり、カメラ付きの精巧な動物ロボットを群れに紛れ込ませたり、糞の中に特殊カメラを仕込んだりと、ネイチャー・ドキュメンタリーの長い歴史の中で、ユニークな記録方法の実績が豊富にある。だから誰も見たこと無いアングルからの動物の表情を撮影でき、見飽きること無く展開されるのである。この映画作りに対する妥協を許さないフロンティア・スピリッツは、他のネイチャー・ドキュメンタリー制作の追従を許さない。

加えて、これを成せるのは、単にスタッフの情熱だけでは無い。BBCはプロデューサーやカメラマンでも、大学で動物学、生態学、行動学に関わる専門を修めていたり、中には博士号を持っているものや、動物園出身のスタッフなど、あらゆるジャンルのエキスパートが集結しているチームなのだ。だから、動物の魅力を誰よりも知り尽くしており、どの場所の、どの時間に、どの角度から撮影すれば良いのか、頭の中に〝絵コンテ〟があるのだ。だからBBCのネイチャー・ドキュメンタリーに注目しているのは、一般の動物好きの人たちだけでは無く、世界中の大学の研究者たちも常に大注目している。定説を覆すような新発見を〝映像〟という証明で次々に明かしていくからだ。それでいてナレーションでは、専門用語を一切使わずに幼児でも楽しめる教育的配慮も実に洗練されている。映像の力こそが、言語や年齢の垣根をこえることができるのだ。

日本ではネイチャー・ドキュメンタリーというと、撮影手法がカメラを長回しして偶然撮れたものを使うと思っている人が少なくないが、BBCの作品に〝偶然〟はない。動物の生態を知り尽くしているが故に、動物の〝その行動〟を狙って撮りに行くのだ。テーマに合わせて、それらを紡いでいくと、野生でありながら心を打つ物語ができあがり、強いメッセージを感じることができるのだ。作品のテーマの選定も、BBCは常にユニーク。動物の種類別や生息地別といったテーマなら誰もが思いつくだろう。だが、この最新作は違う。「アメイジング・デイ」つまり、1日という〝瞬間〟を単位に切り取った場合、地球上のあらゆる動物たちは同時に何をしているのか?という、とんでもない壮大なテーマなのだ。正に本作はBBCの英知と熱いメッセージの集大成と言える。

地球の陸海空のそれぞれの世界で、食事、休息、ケンカ、安らぎ、死、親子愛など、〝地球に生きる〟ということのひとつひとつを動物たちと共有・共感できることを思い出した。今、この瞬間にも地球のあちこちで、自分と同じように生きている動物たちがいると思うと、孤独を感じることは無い。〝1日〟を無事に終えられたことに深く感謝したくなるだろう。10年前、そして10年後、地球環境も刻々と変化し、このクオリティの作品は二度と作ることはできないだろう。

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